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その9 微動篇

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by jin on 1998/02/03

一般的にゲームを企画する人の事は、どうやら「デザイナー」でなく「プランナー」と 呼ぶらしい。まあ、いいか。

ゲームデザイナーにとって、「これはしておくべきだ」というような事が存在するだろ うか。
(ここで言いたいのは、特に仕事以外のことについてである。)
ゲームを作ることに関わる以上、ゲームとはどんなものかは知る必要がある。だから 「ゲームをやったことがある」のは最低条件だろう。

しかし、「ゲームばかりやっていては、良いデザイナーにはなれない」「デザイナーた るものさまざまな経験を積んでおくべきだ」という言葉もよく耳にする。

ゲームをデザインするにあたっては、たしかにある程度広い視野が必要なことは認める 。私は割と映画が好きである。映画館へもしばしば通うし、ビデオも見る。しかし、だ からと言って「ゲームデザイナーだったら映画を見るのは常識」という気は無い。 映画から得た知識は多く、ゲームデザインにも役立っているとは思うが、私が映画やビ デオにかけた時間は相当なもので、人によってはその時間を、ゴルフをしたり、旅行に 行ったり、ネットサーフィンをすることに費やしているかもしれない。どちらがデザイ ナーとして貴重な時間の過ごし方をしているか、などとは言えない。
また、それだからと言ってなるべく多くのことを少しずつかじるというのも、一概に良 いとは言えない。

多くの事をやろうとすると、1つあたりの時間は短くなってくる。

「スキューバダイビングの面白さ」について、嫌々1回だけやったことのある者 (私だ)が、毎日潜っているような人よりも多くを語れるわけが無い。さらに、最近特 に感じるのが、「アイデアが欲しいなら、何もしていない時間を多くつくるべきだ」と いうことだ。

私は、電車での移動中や、トイレの中や、風呂に入る時でさえ、時間が惜 しいという理由で本を読んでしまうことが多いのだが、実際アイデアが湧くのは、何も する事が無く手持ち無沙汰な時である。そういう意味では、何もしない事こそが、デザ イナーに必要なのだと言えなくも無い。

そう考えてみると、デザイナーだからしなければならない事などというのは存在しない のではないか。だから、あまり貪欲にならず、自分の好きなジャンルについて企画し、 必要になったらその知識を仕入れるというので良いのではないか、というのが結論なの だが…少し自己弁護的すぎるだろうか?